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zoom RSS 犠牲の上にあるもの

<<   作成日時 : 2004/09/26 18:57   >>

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昨日9/25の『鋼の錬金術師』を観ていて思った事、、、

過去から未来に至る全ての命が錬金術の源となる。
”門”を抜けて錬金術のエネルギーとなる。
錬金術師は、胸に小さな”門”を持っていて、
その”門”を開けて命を搾取(さくしゅ)している。

錬金術は、なんだか多くの犠牲(命)の上に成り立っている?!
かの様に思える。なんか「賢者の石」の様。

今の世界も、幸せ(見た目は)なのは、
多くの犠牲の上にある様に感じる。

なんか、現実は、多くの人を犠牲にして、人を踏み台にして
「幸せ」というものをつかんで、それを当たり前の様に振る
舞っているかの様。(全てがそうとは限らないかもしれないが)

オレは、そんな「幸せ」ならいらない。
偽善的であろうが、なんだろうが、、、
そんな、多くの犠牲の上にあるものなどつかみたくはない。
(まぁ、単に幸せになれない、幸せじゃない事のひがみにも似ているが)
(^^;;;;;;;;;

また、
ホーエンハイム:
「何かを得るために必ず代価が必要だとは限らない。
親が子供を愛する時、そこに代価も報酬も有り得ない。」

エドワード:
「オレはそれでも頑張ったら、それだけ何かが得られる。
努力したら誰でも公平に報われる。
代価を払えば、平等に幸せをつかめる。
そんな”等価交換”を信じたい。」

でも、現実はそうじゃない。。。

エドワード:「代価を払って報われないなんて思いたくない。」

ホーエンハイムが言う事も分からない訳ではないが、
やはり、エドの言う事を”理想”だけに留めたくはない。。。
そう思うオレはまだ考えが”子供”なのか?。。。

ん〜、また重くなったので、、、

PS2のゲームでのエドとアルの会話から、、、

《下水道にて》
アルフォンス:「関係者以外立ち入り禁止、って書いてあるよ。」

エドワード:「ってことは、オレは入ってもいいんだな。」

アルフォンス:(何の関係者だよ?)

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